TRIPLE E カナダ社 TS−C738「フェーダー」
極酷寒の地で育まれた最高峰のクラスC
「寒冷地仕様
モーターホーム」
を日本に定着させた原点、
それが、TRIPLE E カナダ社のモーターホームです。

1990年秋 「TRIPLE E カナダ社」(輸入元:トーメン)のモーターホームが日本に紹介されました。
TR−C736「リージェンシー」(24フィート、7300tディーゼルエンジン搭載、後にガソリン車もラインナップ)
高品質・寒冷地仕様の本格的モーターホームが日本に紹介され、それからというもの、輸入車・国産車を問わず、日本におけるモーターホーム/キャンピングカーユーザー・業界に多大な影響を与えたのが、この「TRIPLE E カナダ社」です。
1992年冬 酷寒の地、マニトバ州ウィニペグにある「TRIPLE E カナダ社」本社で、このTS−C738「フェーダー」

の全貌を目にすることが出来ました。
AutoCamper誌の前身、「Domani(ドマーニ)」誌へ掲載する走行シーンを撮影するため、気温マイナス25℃の大地に立ち、走りゆく「フェーダー」をファインダー越しに追いかけ無我夢中でシャッターを切ったことや、撮影が終了し、暖かい車内に招き入れてもらった時につま先がかじかみ、上手に歩けなかったことなどを思い出します。
先に発表された「リージェンシー」は、重厚さに崇高な美を兼ね備えた「ちょっと大人の」気品を漂わせる1台ですが、
この「フェーダー」は、「TRIPLE E 社」の物作りはそのままに、モーターホームを使ってより「アクティブ」にレジャーを楽しむ層を意識して作られたモデルです。
スキーや長物のレクリエーショナル・ギアを積載するために設けられた多目的な「外部収納庫」は、まさに「アクティブ・モーターホーム」のコンセプトを印象づけます。

「TRIPLE E カナダ社」の輸入モーターホームが日本に紹介された背景には、輸入元である総合商社(株)トーメンの大きな力が存在していたことは当然ですが、「TRIPLE E 社」と「TOMEN」の橋渡しをされた「モーターホームの父」こと「戸川聰」氏(元 株式会社アイシィー・トレックス会長、現在も溢れる情熱を持ってご活躍中)に敬意を表し、ここに、その功績の一片をご紹介させていただきます。
輸入モーターホーム分野に於いて「TRIPLE E カナダ社」に先がけて日本に紹介されていたモーターホーム「WINNEBAGO」の輸入元 三菱商事の顧問からTOMENの顧問に氏が就任されたことをキッカケに、この「TRIPLE E カナダ社」製のモーターホームが日本を走り回ることになりました。
10数年前からすでに北米ではワイドボディ化の傾向で、幅250pを越えるボディを持つモーターホームが存在していました。ご承知のとおり、日本国内では幅250pを越えるサイズでは登録はできず、「リージェンシー」、「フェーダー」も北米仕様(一部欧州)ではワイドボディ(250p越え)の寸法であることから、本来、輸入を断念せざるを得ないモーターホームでした。
日本向けにボディ幅を縮めて製造する事は技術的には可能ですが、ビジネス面で交渉は難航・破談するものです。
日本向けとは、幅を縮小しエントランスドア(乗降口)を左に設ける程度に考えがちですが、実際には1から設計変更することを意味しますから、すでに現地に存在するモデルに手を加え「日本向け」として登場させることが出来たことは、まさに戸川氏のみなぎる情熱がカナダ人に伝わったことであり、私は「奇跡」的な快挙と信じています。
のちに、戸川氏は名車「B.C.ヴァーノン」(日本仕様オリジナル・モーターホーム)を開発されますが、ここに、その原点があったことと思います。

戸川聡氏と出会い、「リージェンシー」、「フェーダー」に出会ったこと、それが、私がこの世界で頑張らせていただいている原点であり原動力です。
「モーターホームの父」戸川聡氏の「子」(弟子)として、師匠「戸川聡」氏から学んでいるたくさんのメッセージをこれからも発信し続けたいと思います。

                                            ステージアップ 代表 宮嶋政英

 

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